家族問題に悩んだら
解決しようとするな!共有さえできればいい
話しを家族の問題に戻しましょう。 例えば、子どもが登校拒否になったとします。 父親はこのままひきこもりになり、社会に適応できなくなるのではないかと 心配しているとします。 母親は学力が低下して志望校に合格できなくなることを心配しているとします。 兄妹は友達がいなくて寂しい思いをするのではないかということを心配しているとします。 すると、家族それぞれのメンバーが、登校拒否というひとつの「事実」に対して 別々の「問題」を抱え、アプローチすることになります。 それぞれの「問題」の「解決」に向けて別々のベクトルが働くわけですから、 なかなか前には進みません。 しかし、もし家族がひとつの「問題」に対してのみ 意識を集中することができたらどうでしょう。 ばらばらだったベクトルがひとつの方向に定まるはずです。 家族の持つ問題解決の力がひとつに収束できます。 つまり、家族問題においては問題を"解決しよう"と思うことよりも 問題を"共有しよう"とすることのほうが重要なのです。 まずは、ひとつの「事実」に対して、いくつかある「問題」の中から、 何がいちばんの「問題」かを、家族全員が共通認識さえすればいいのです。 具体的な問題解決の方法までをすりあわせることができれば それにこしたことはないのですが、 家族同士でもそれぞれに考えや価値観があり、 それらをすべてすりあわせることはそのこと自体が 新たな葛藤を生み出すリスクもあります。 そのリスクを冒さなくても、まず取りかかるべき「問題」さえ明確になれば、 それぞれがそれぞれの考えで問題解決に向けて歩き出すはずです。 そして、ひとつの最重要「問題」が解決すると、 連鎖的に次の「問題」も解決していくことが多いようです。 もし、次の「問題」の優先順位の捉え方が家族間で大きくずれているようであれば、 再び「問題」を共有し直せばいいのです。


